
朧車
おぼろぐるま
別名: おぼろ車
平安時代の都に現れた乗り手のない牛車の霊。腐臭を漂わせながら夜の都大路を走るとされる怪異。
- 時代
- 平安
- 地域
- 近畿
- 分類
- 幽冥、道妖
概要
朧車(おぼろぐるま)は、平安時代の都に現れたとされる、乗り手のいない牛車の幽霊です。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(1776年)に描かれており、霧の中から現れる不気味な牛車の姿が印象的な絵として残されています。石燕の絵では、牛車の御簾の内側から怪しい顔が覗いているように描かれています。
伝承の内容
朧車の伝承には主に二つのバリエーションがあります。ひとつは、夜の都の大路を走るのに轍の跡だけが残り、車の姿は朧気にしか見えないというもの。もうひとつは、腐敗した臭気を漂わせながら、ぼろぼろになった牛車が走り去るというものです。
いずれの場合も、乗り手の姿はなく、牛の姿も定かでない点が共通しています。平安時代の貴族文化において牛車は身分の象徴であり、その牛車が幽霊となって彷徨うという着想は、栄華の虚無を示す強烈な象徴性を持ちます。
歴史的背景
平安時代の京都(平安京)では、貴族たちが牛車で移動することが一般的でした。牛車は単なる乗り物ではなく、社会的地位を示す重要な文化的シンボルでした。高貴な人物が亡くなった後、その牛車が魂の依り代となって彷徨うという信仰は、当時の霊魂観と結びついています。
また「朧(おぼろ)」という言葉自体が、春の夜の月やもやがかかった情景を指す平安的な美意識と結びついており、単なる恐怖ではなく、美しさと恐ろしさが混在する日本の怪異観を体現する妖怪です。
石燕の描写
鳥山石燕は朧車を画図百鬼夜行の中で視覚的に鮮やかに描きました。御簾の向こうに大きな目玉が覗いている構図は、「乗り手はいないはずなのに、何かがいる」という矛盾した恐怖を巧みに表現しています。この絵は後世の妖怪イメージ形成に大きな影響を与えており、朧車は石燕の代表作の一つとして数えられています。
出典
- 『画図百鬼夜行』 鳥山石燕 (1776)


