送り犬

送り犬

おくりいぬ

別名: 送犬、おくりいぬ

山道を歩く人のあとをついてくる犬の妖怪。転ぶと喰われるが、感謝の言葉を言えば消えるとされる恐ろしい存在。

時代
不詳
地域
全国
分類
獣妖、山妖

概要

送り犬(おくりいぬ)は、夜の山道を一人で歩いていると後ろをついてくるとされる犬の妖怪です。その名前の通り、人を「送る」(お供をする)という行為が特徴的で、旅人の後をひたすらついてきます。しかし、転んだり転びかけたりすると突然攻撃して喰い殺すとされ、転ばずに目的地まで歩き続け、「お送りありがとうございました」などと言葉をかければ消えていくとも伝えられています。

伝承の詳細

送り犬の伝承において最も重要な要素は「転ぶこと」への恐怖です。山道で後ろを見ると大きな犬がついてきており、そのまま平静を保って歩き続ける分には危害を加えてこないとされます。しかし、石につまずくなどして転んだ瞬間に、送り犬は一気に飛びかかってくるとされています。

一方で、送り犬が単に危険なだけの存在ではないという面もあります。実際に山道で転んだり迷ったりした際に、送り犬に感謝の言葉を述べた人が助かったという話も残っており、送り犬は守護者と危険者の双方の性格を持つ存在とも解釈されます。狼や山犬が霊的な存在になったものという見方もあり、山の神の使いとして人を「送り守る」役割を担うという解釈も存在します。

山の神と犬・狼

日本の山岳信仰において、犬や狼は山の神の使いとして重要な役割を担っています。「山犬」と呼ばれる野生の犬(または狼)は山の神の御使いとされ、旅人を守護するとともに悪いことをする人には罰を与えるとも信じられていました。送り犬の「ついてくる」という性質は、山の神の使いが旅人を監視・保護するという観念と深く結びついています。

三峯神社(埼玉県)や御嶽山など、犬・狼を祀る山岳信仰の霊地では、旅の安全を守る「お犬様」への信仰が今も続いており、送り犬のような存在はこうした信仰の裏側として生まれた伝承とも言えます。

地域的な分布

送り犬の伝承は全国に広く分布していますが、特に山がちな地域に多く見られます。群馬・長野・静岡・岐阜などの山間部に伝承が集中しており、険しい峠道を一人で夜越えすることの多かった旅人・行商人・木こりたちの経験の中から生まれた怪異と考えられます。

文化的位置づけ

送り犬は「転んではいけない」という教訓を持つ怪異として、山道での注意を促す民間知恵の一形態とも言えます。一方で、山の神の使いという側面から見れば、自然への畏敬と感謝を忘れない旅人には危害を加えないという、山の道徳的秩序の表れとも解釈できます。

出典

  • 甲子夜話 松浦静山 (1821)

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